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ネット界の風雲児が1日1時間で10万円稼ぎだしたノウハウを公開!

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学力最低ランクの高校を卒業し、卒業後町工場に勤め、4年で退職。無職のまま投資なしで始めたアフィリエイトで見事今の生活を稼ぎだしたノウハウをココで公開!

第二章 誕生と運命4 / 10 ページ

私は先述にもある通り

 

北海道の田舎町で生まれました。

 

父は儲かっていない食品工場

 

母はその工場のお手伝い

 

二個上の姉がいて、私はそんな家族に囲まれて生まれました。

 

私は小さいころからぜん息を患わっていました。

 

気管支ぜんそくと言って一生ものだと当時の医師に言われました。

 

運動しても発作が起こる

 

抵抗力がないためにすぐ風邪を引く

 

風邪を引けばぜん息の発作も起きてしまう。

 

私は小さいころのほとんどを病室ですごしました。

 

同じ年の子供たちが外で遊ぶ中

 

私は家の中で絵をかいたり、テレビを見たり

 

ウルトラマンの人形で遊んだりと内向的な子供でした。

 

そんな性格が祟ってか私は小学校から中学校三年生までいじめれられいました。

 

片方の靴を隠されたり

 

自転車を裏山に捨てられていたり、

 

紅白帽子の中に大量の消しゴムのかすを入れられていたり

 

財布泥棒にされたりと苦しい思い出でした。

 

今考えると消しゴムのかすが出てきたときに

 

良いリアクションを取っておけばよかったと少し後悔しています。

 

そんな中私は両親から、高校卒業したら働きなさいと言われました。

 

それは我が家の家計が苦しくなったことに原因がありました。

 

不況や食品製造に関する規制が高まった分

 

売り上げが下がってしまう。小さな工場だと当たり前の事なんです。

 

私は自分は夢も何も持ってはいけないものだと思ってしまいました。

 

高校を卒業後私は地元の町工場に勤めることになりました。

 

私は地元地域最低ランクの普通科の高校を卒業したため

 

そんな私のような存在を企業側が求めるわけもなく

 

藁をもすがる思いで就職した先はその町工場でした。

 

しかし私はそこで社会の恐ろしさを知りました。

 

深夜にまで及ぶサービス残業

 

理不尽に怒りをぶつけてくる経営者

 

生活を苦しくさせる低所得

 

簡単に言うと、わがままでどんぶり勘定をする経営者の下で

 

働いてしまったのです。

 

私だけこのような環境なのであれば

 

原因は私にあると思いますが

 

社員全員がそのような状態、

 

保険を解約してまで生活をしなければならない人までいました。

 

当時の私の所得は月給手取り12万円です。

 

それが4年間続きました。

 

これからの生活を考えると

 

私は結婚もできず、いつまでたっても苦しい生活だと思い

 

私は退職を決断しました。

 

この時私は自分の運命に絶望しました。

 

これが私がこれからも歩んでいく人生であり、

 

運命なのだと・・・

 

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