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創作童話「水牛」

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どこか昔の東洋の町。動物たちが人間と関わりながら、自分が何だったかを自覚する物語。

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水牛

 

 

 

 

これはゆったりと水の流れる広い低地に緑なす山が点在している国の昔のお話です。

 

国の大きな都城の内側には、明るい間中、賑やかな市場がありました。この市場の中

でも特別騒がしく人が行き交う場所に小鳥売りの区画があります。そこでは籠に入れ

られた小鳥たちが常に鳴き散らしていて、籠や鳥や餌の売り買いが行われています。

鳥売りたちは荷車にもたれながら、それぞれが自分の捉えてきた小鳥を籠に入れて商売

しています。珍しく奇麗な鳥や良い声で鳴く小鳥は良い値がつくので、鳥売りたちは

客からもらう代金よりも籠を丁寧に扱い、客よりも鳥に気を遣って価値をより高めよう

としているのでした。

 

そこへ、客ではなく大きな水牛がのっそり現れます。

 

鳥売りたちは道が狭くなるというので水牛を叩いて追い払おうとしましたが、水牛は

嫌がって首を振るので鳥売りたちも寄りつけません。鳥売りは皆若者たちでしたが

その中でも年長の鳥売りが言うには、

「高価な鳥なら一羽に籠つきで四日は暮らせる、安い小鳥なら十羽売って二日だ。

たくさん売らないと暮らせないのに、この牛が邪魔をする」。

年少の鳥売りは、

「俺たちは鳥のことしか知らない。牛はどうにも扱えない」と言います。

 

水牛は頭を下げると前脚を折ってその場にうずくまってしまいます。客は水牛の角を

またぎながら、鳥を買いに来ます。籠の鳥たちは客を前にして羽根を拡げて見せたり

鳥売りに催促されて、ひと節歌ってみたりして、また楽しげにしています。

 

翌日も水牛がやってきました。

 

今度は鳥売りたちからすこし離れた場所でうずくまり、たまに頭を上げ下げして鳥籠

が吊るされている荷車の方をじっと見つめています。

 

水牛の様子を見ていた年長の鳥売りが隣の鳥売りに話しかけます。

「なあ、あいつまた来てる。水牛のくせに鳥が欲しいのか?」。

「あれは何か期待してるんだよ。鳥売りになる前には家にも田畑があって牛小屋も

あったからよく分かるよ」

 

翌日もその次の日も水牛がやってきて、同じ場所で鳥籠を見つめています。

 

年少の鳥売りは水牛をからかってやろうと思いつき、小鳥が何羽も入った大きな

鳥籠を抱えて水牛の前に立ちました。すると水牛は立ち上がり、一声鳴いて額を

鳥籠にすりつけてきます。その勢いで年少の鳥売りはたまらず仰向けに倒れてし

まって、彼の手から離れた鳥籠は壊れて中の小鳥たちが飛び出していってしまい

ました。水牛はややうつむいてまたのっそりとその場を離れます。年少の鳥売りは

別の籠をあわてて取りに戻り、籠の入り口を開けて逃げていった小鳥たちを巧みな

口笛で呼ぶと、一羽、そして一羽と次々に全羽が戻っていきました。

 

水牛はなぜ毎日市場の鳥売りたちのところへ行っていたのでしょうか。

 

市場から離れて、郊外の竹林に来た水牛は鳥たちの話を聞いています。

早口で鳴く小鳥が噂をしています。

「五光のところの八娘は鳥売りに見つけられて分限者の家で美男の婿と娶された

そうだ」。

「七光の十八郎は商家に飼われて、毎日新しい水を張った茶碗で水浴びしている

そうだ」。

早口の小鳥の後から、すこし低い声でアオバトが鳴きます。

「みなさん羨ましい。わたしも鳥売りが来て籠を開けて呼んだら、真っ先に

籠の中に入りたいものです」。

早口で鳴く小鳥がすぐに返答をします。

「それには鳥売りにピンとくるような特別な何かがないといけないらしいよ。

おや、いつもの水牛が聞きにきているね。彼の噂を今聞いてきたばかりなんだよ」。

 

水牛は竹林の鳥たちがもう自分の事を知っていると思うと恥ずかしくなって竹林から

離れた水飲み場にこっそりと逃げて行きます。水飲み場の水に写った自分の姿を見て

いると、角の間に早口の小鳥がとまって、話しかけます。

「君、市場で籠を壊したそうじゃないか。鳥売りの仕事を邪魔すれば鳥売りが困る。

鳥たちも困る」。

水牛は水に映った早口の小鳥に向って話します。

「でも、籠に入らないと幸せになれないんだろう?」。

「それは鳥の話さ。そうか、君は鳥の幸せしか知らないんだな。

それも籠の幸せしか」。

何か想い出すように首を何度も傾げた早口の小鳥は、水牛にこう言います。

「よく想い出してごらん。君が鳥売りたちの前に行ったら、みんな困ったような顏

してなかったかい?」。

「そうだね。たしかに、みんな困った顏していた」。

早口の小鳥は一つの文句だけを繰り返しながら水牛の角の間から飛び去ります。

「水牛が鳥籠にどうやって入る、水牛が鳥籠にどうやって入る、水牛が鳥籠…」。

 

早口の小鳥が去った後、水飲み場の水に映った自分の顔を水牛は見続けています。

「私の周りでどうすればいいか、おしゃべりしているのは鳥たちだった。いつも

雛たちのことや買われていった鳥たちの話だった。私が水牛なのは知ってるが、

どうしたって幸せの話は鳥たちのことばかりだ。私は水牛だったが鳥の気分でいた。

この角は子牛を守る為にあり、この蹄は強く踏む為にある」。

 

ある日海嘯が堤防を超えて辺りの田地を荒らして行きました。耕作されずに土地は

見捨てられ、がれきや生木、割れ竹やしなびたうろくずが積み重なっています。

水牛は海嘯を逃れ、この荒れ地を角と蹄で耕して、小さな田を作ります。水路を掘り

木の根を外し、膝まで泥に取られながら、なんとか満足できる田にしました。

 

 

水牛は、再び国の都城に現れます。半ば見捨てられた都城にはあの賑やかな市はなく、

鳥売りたちもいつもの荷車の脇に集ってはいませんでしたが、なんとか暮らしていた

年少の鳥売りが水牛を見つけます。彼が見る水牛は以前より逞しく、汚れてはいまし

たが、強さがみなぎっているように見えます。年少の鳥売りは水牛の首に手を置いて

話しかけます。

「また来たんだね。おまえが鳥みたいに扱えない訳はもう解ったかい?」。

水牛は深く頷きます。

「おまえは天の獣帯に上げられている。その昔、西の関所に現れた英知の主をその

背中にお乗せしたこともある貴い獣なのだよ」。

水牛は年少の鳥売りに、背に乗るように合図し、鳥売りもそれに従って水牛に

またがりました。彼らは水牛の開いた新しい田へと至り、共に作業し、鳥たちは

彼らの上をいつものようにおしゃべりしながら飛び回るのでした。

 

 

さて、あなたは鳥ですか、鳥売りですか、それとも水牛でしょうか。

自分の事を知らずに、おしゃべりで回っている噂の中の幸せに憧れていませんか。

鳥籠に飼われなければ幸せはあり得ないと思っていませんか。

最初に自分が何であるかを知ることもなく、どこかへ行こうとしていませんか。

 

 

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